さいとー・ま

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動物倫理読書会03

メモ
序論

寄り添いの倫理学
政治学では、寄り添いは個人の態度や情感だが、ニーズが満たされているかとか自尊心が基本財として配分されているか。
狭義の倫理学では、ケアは大切に思うという意味があって、利害関心が他者に移しおかれることをいう。赤ん坊をケアするは、その赤ん坊の利害関心を優先することを言うので、寄り添うではずれている。

インターセクショナリティ
権力の交差性、抑圧の交差性など、構造的着眼点だが、「寄り添いの倫理」と訳すとより個人化されてしまう。
困難の現象の仕方が複数混入することで複雑化する、となったときに、マイノリティに寄り添いましょうでは、間違っている。インターセクショナリティとケアの倫理のつながりがどうなっているか気になる。

www.heibonsha.co.jp
vegan-translator.themedia.jp


発達心理学→行為論、福祉
家族間ケア、健常の子どもの子育て(介護や障害者の介助ではない)が具体例として重きを置いてきたことが批判されている。
既存のものの見方を批判するときは、抽象から、他者の利害について自分のことのように取り組む、それが自尊心をささえるものとしてケアする関係は保証される国家の責務ではないかというときは、抽象になっていく。
ブレイクなどは、自立した大人同士の関係が範例だが、大人がケアする関係を結ぶのは重要なので、保護する責任がある、というケアする関係は単婚異性愛のみだったが、同性婚、複数婚、恋愛性愛に限らず大切に思っている関係を保証しよう。
障害学のケアの文脈などをケアの倫理は軽視してきた。
Jenny Morrisが怒っている。
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-02-9780704344006
https://disability-studies.leeds.ac.uk/library/author/morris.jenny/
生命倫理的なケアと、母親役割のケアの倫理とかが界隈が違う感じがする。


「畜産業は第二次大戦後の欧米圏における農学の発達を背景に(中略)「工場式畜産」の形態が主流となり」
飼料が増えたことによって集めて食べ物を供給できるようになった。
緑の革命の動物版?
化学肥料の大量投入と、品種改良がすすんだことによる。
養殖業は近年になって急成長した。