さいとー・ま

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フランス語の解釈の試み――ラカン1

フランス語の解釈についてのメモを残す。

今回の記事で取り上げる文章は、ラカンセミネール6巻『欲望とその解釈』のSTAFERA版(海賊版)の13ページから。

C’est cela qui définit le fantasme, et la fonction du fantasme comme fonction de niveau d’accommodation, de situation du désir du sujet comme tel, et c’est bien pourquoi le désir humain a cette propriété d’être fixé, d’être adapté, d’être coapté, non pas à un objet, mais toujours essentiellement à un fantasme. Ceci est un fait d’expérience qui a pu longtemps demeurer mystérieux.

日本語訳は以下の通り。

それが幻想の説明となるものでして、幻想の機能であり、それは適応レベルの機能で、主体の欲望そのものの状況の機能であるのでして、だからこそ人間の欲望は対象にではなく、いつも主に幻想に固着させられ、適合させられ、適応されるという特徴を持っているのです。このことは、長いこと謎にとどまることができた経験の事実なのです。

ちなみに最初の訳は次の通りだった。

これが幻想を、主体の欲望の状況、適応のレベルの機能としての幻想の機能を規定するのであり、そしてまさにそれゆえに、人間の欲望は対象にではなく、常に主に幻想に固着させられ、適合させられ、接合されるという特性を持っているのです。つまり、長いこと神秘的なままであったかもしれない経験の事実なのです。

まず、文脈を補っておこう。幻想のマテームがS/◇aであることが確認され、話す主体が想像的他者と向かい合うことが幻想であるということが確認された。
文法事項を解説していく。
まず

C’est cela qui définit le fantasme

の部分は、通常は二通りの解釈が可能である。ひとつは「それは幻想を規定するものである」という指示代名詞の文という解釈であり、もう一つは「まさにこれこそが幻想を規定するのである」(cela définit le fantasme)という強調構文である。フランス語の強調構文の意味論については自信がないため、英語の強調構文の意味と同じとみなしている。ここは今後調査の必要がありそうだ。これのどちらかを決定するには一般的には、発音による強調を聴き取ること、文脈においての重要性が高ければ強調構文の可能性が高いこと、さらに書き言葉であれば強調構文の可能性が高いとみなせる。今回の例で当てはめると、ラカンの発音は残っていないので、発音アプローチは無理で、文脈としては幻想のマテーム、マテームの意味、マテームの意味が幻想を規定しているという流れなので、文脈における重要性が低く、話し言葉の速記であるため強調構文の可能性が低いと分かる。しかし、問題はcelaという単語が先行詞となれるのか、という点である。英語では、単数の指示代名詞は、関係代名詞の先行詞になりにくい。なぜなら、指示代名詞で指せるということは限定されているということなので、さらなる限定を追加する関係代名詞節を導きにくいからだ(ただし、those whoなどの例外はある)。しかし、フランス語では、単数の指示代名詞のあとに関係代名詞節がくることは、多い。例えば、Littréのcelaという項目には、次のような表現もあった。

nom général de chose, ou, ce qui revient au même, l'adjectif ce (cela est pour ce-là) pris substantivement au masculin singulier.
https://www.littre.org/definition/cela

ceは指示代名詞で、quiという関係代名詞がそれに続く。したがって、celaはceの仲間であり、関係代名詞をひきつれて、「…というもの」と漠然と抽象的に表すことができる。これらから、ここは、指示代名詞の文という説が優位に立ってくる。ちなみに、cela qui est importantを使う文章をchatGPTに依頼して作ってもらった。流石。

Les compétences sociales sont cela qui est important dans cette profession. (社交的なスキルこそが、この職業において重要なものである。)
Cela qui est important, c'est de s'exprimer clairement. (重要なのは、はっきりと自分の意見を表現することです。)
La santé mentale est cela qui est important pour mener une vie équilibrée. (バランスのとれた人生を送るためには、精神的な健康が重要なものです。)
C'est cela qui est important pour réussir : avoir une vision claire de ses objectifs. (成功するために必要なのは、自分の目標に対する明確なビジョンを持つことです。)
En tant qu'artiste, cela qui est important pour moi, c'est de créer quelque chose qui touche les gens. (私にとって、芸術家として重要なのは、人々の心に響く何かを創造することです。)

次に、définirの意味である。もちろんある意味で「定義する」なのだが、日本語の「定義する」がややこしいことこの上ないので、あまりそのように訳すのはおすすめしない。「定義する」というと、日本語では議論のために言葉の意味を暫定的に狭く使うときに、その意味をはっきりされることという狭い意味でとられやすい。しかし、フランス語(や英語)では、そこまで議論のためということは念頭になく、説明する、はっきりさせるぐらいである。ここも、「はっきりさせる」ぐらいでいいが、何も考えなくても使える言葉として「規定する」は便利なのでよい。

結果として、ここのC’estの「これ」は、「想像的他者に対する話しているものとしての主体のそのような参照関係」(前文参照)である。


続いて

, et la fonction du fantasme comme fonction de niveau d’accommodation,

を確認していこう。まず、接続詞のetが何と何を結び付けているかを確認しなければいけない。まず、ヴィラギュルがあるので、ここで少し休止が入ったと考えていいだろう。というより、改訂者はそのように解釈したのだろう。つまり、ここではle fantasmeと la fonctionを単純に並べている訳ではないのである。もし単純に並べるとなると、あるものと、それの機能を同時に規定する何かがあるということになって意味上も少し解釈が難しくなる。多くの場合、あるものと、「それの使い方、働き方、機能」というのは別物だからだ。たとえば、胃は胃の機能(消化)とは別である。それでも胃も胃の機能もはっきりとあきらかにする模式図みたいなものは考えられるから、理論上ありえないわけではない。しかし、それよりも解釈として楽なのは、「それ=想像的他者に対する話しているものとしての主体のそのような参照関係」は、幻想のはっきりとした説明であり、幻想の機能である、という解釈である。この場合だと、幻想の定義が幻想の機能であるということになるが、これは普通のことである。例えば、胃とは何かが分からなくて、はっきりさせるときに、胃の機能は消化ですよ、と言えば、ある程度納得するからである。

続いて、ここでla fonction du fantasmeとなっていて、 la fonction de fantasmeになっていない点について考えよう。duと定冠詞の縮約が起きているので、duの方はここで論じている幻想、それの機能について言っていることが分かる。ここで、deを使うと、ここで論じているかどうか関係なく幻想一般の機能について考えることになっていしまうため、あまり文脈に合わない。

さらに、commeが「ような」か「としての」かどちらかを判別する必要がある。ここは後続の名詞の冠詞がないので「としての」である可能性が高い。しかも、後続の名詞fonctionにはde niveau d'accomodationという修飾がついているので、「としての」でもしばしば冠詞がつく確率が高いところである。それゆえ、ここはむしろ冠詞をとることで同格であることを強調していると考えられるだろう。つまり、「としての」である。

ここらへんで、fonctionの意味を考えよう。Littréは使用法(emploi)系の単語を多く使っていたが、TLFiは活動(activité)系の単語をよく使っていた。どのように動くか、という感じにイメージしておけば外れることはないだろう。

続いて、fonction de niveau d'accommodationについて論じる。適応レベルの機能と訳せるわけだが、まず、やや難しい単語のaccomodationの意味について確認しておこう。

d) PSYCHOL. [En parlant du psychisme d'un individu] Processus de modifications psychologiques (avec répercussion éventuelle sur le comportement) qui permet l'équilibre dans ou avec le milieu ambiant; spéc. ,,Activité mentale de l'enfant transformant un schème initial pour s'adapter à une situation nouvelle (soit que la situation soit telle qu'elle ne puisse être assimilée, soit que sa maturation ait fait dépasser à l'enfant le stade de la simple assimilation) (Piaget).`` (Piéron 1963) :
https://www.cnrtl.fr/definition/accommodation

まあ、まさに「適応」なわけだが、幻想がなぜ適応と表現できるのだろうか?それは、幻想とは新たな場面での適応の一つの手段だらかである。つまり、欲動に苦しめられているときに、その欲動から逃れる道筋として、失われた対象を再発見する必要がある。しかし、再発見を実際にすることはできない。そこで幻想上で再発見して代わりの満足を得ることで逃れることができる。今の言い回しが難しければ、おなかすいたときに、何か食べる想像をすればなんか空腹でなくなる気がするということと考えればいい。ただし、この説明の問題は、de niveauが入っている点を説明できないところにある。つまり、fonction d'accommondationでもいいではないか?しかし、だめなのである。適応には様々な仕方がありえるかもしれないからだ(ここは自信ない)。それゆえ、適応の一つのレベル、一つの段階という意味で適応レベルと言い換えられているのだろう。ちなみに、niveau d'accommodationにおいて、accommondationに冠詞がないのは、これで一つの単語になっているから。そしてniveauに冠詞がないのは、一般に適応レベルなるものについて語っており、これまで適応レベルを限定して話していたわけではないからである。ある意味でfantasmeの言い換えだから同格として、という解釈ができそうだ。

ちなみに、同セミネール6巻で、

Le fantasme satisfait à une certaine accommodation, à une certaine fixation du sujet, à quelque chose qui a une valeur élective.
121ページ

と書かれている。

さらにちなみに、適応という言葉はラカンはきらいだと思うので、ここに自我心理学批判を読みこめるかもしれない。

さらに、

de situation du désir du sujet comme tel,

と続くわけで、幻想は、主体の欲望そのものの状況と言い換えられていると考えられる。主体の欲望は限定されるのでduと定冠詞の縮約が起きて、situationは同格なので無冠詞になっている。comme telそのものがあれうことで、主体の欲望の問題なのだ、ということをはっきりと言いだしていると考えられる。

ここから後は、そこまで引っかかるところは少ないはず。

et c’est bien pourquoi le désir humain a cette propriété d’être fixé, d’être adapté, d’être coapté, non pas à un objet, mais toujours essentiellement à un fantasme. Ceci est un fait d’expérience qui a pu longtemps demeurer mystérieux.

c’est pourquoi はだからだし、bienをつけてだからこそ、humainは人間の、cetteは後ろを修飾していて、essentiellemntは主に、という意味。a puは可能で、mystérieuxは神秘的、隠されているという意味だが仰々しすぎるので、よくわからないと訳しておいた。fixerは固着する、adapterは適合するでいいとして、coapeterが難しい。
coapter

coapter \kɔ.ap.te\ transitif 1er groupe (voir la conjugaison)

(Chirurgie) Maintenir ensemble les segments d’un os fracturé, avec des bandes ou un appareil adapté.
On laisse la bande en cet état pendant tout le tems qu’on juge nécessaire à la consolidation qui se fait ordinairement en trente jours ; on se contente de la serrer plus ou moins selon les circonstances, prenant bien garde de déranger les bouts de l’os qui ont été bien coaptés. — (Collectif, Encyclopédie méthodique, tome 1, Panckoucke, 1790, De la fracture de la clavicule, page 334)
Alors Christian excisa tous les petits fragments, prépara les deux extrémités en présence pour les coapter et, après un alésage rapide, implanta son clou dans le fragment supérieur, lui fit perforer la base du col du fémur, sortir de la fesse par une minuscule incision. — (Claude-Régis Michel, Sarah et ses chirurgiens, Éditions Horvath, 1996, chapitre 2)
(Médecine) Se rejoindre, s’ajuster, en parlant d’organes, des os d’une articulation ou des lèvres d’une plaie.
Lors de l’ouverture buccale, au moment où se rétablit une coaptation des surfaces articulaires, un bruit est perceptible (claquement). La suite du mouvement se fait sans difficulté jusqu’à l’ouverture maximale, les pièces articulaires étant correctement coaptées. — (PULL, Comment poser le diagnostic de luxation discale réductible ?, iocclusion.com, 23/02/2012)
Si les lèvres de la plaie apparaissent alors imparfaitement coaptées, on peut compléter l’opération par un recouvrement conjonctival total en bourse. Le recouvrement peut avoir été préparé à l’avance. — (Traitement immédiat des plaies de l’œil, ophtalmologie.pro - consulté le 10/08/2018)
(Par extension) S’unir, se souder (à).
Pour la bouche, c'est le téton érectile qui s’y coapte et d’où jaillit le lait, pendant que ses mains pressentent la forme rénitente et gonflée du sein maternel. — (Françoise Dolto, Sexualité féminine, Éditions Scarabée /A. M. Métailié, 1982)
L’insu donc n'est pas du secret, c’est du sens en déshérence, mais il n’y a d’appropriation possible ni par l’émetteur, qui l’a dénié, ni par le destinataire qui le reçoit coapté à un autre signifiant. — (Vincent Mazeran et Silvana Olindo-Weber, Les déclinaisons du corps, Hommes et perspectives, 1989, page 170)
https://fr.wiktionary.org/wiki/coapter

イメージは手術で接合する感じか?ただし、coaptationが生物において内的適応らしいので、適応の言い換えとみてもいいだろう。